
う〜ん、今回あんまり見栄えよくないけど・・・苦笑。
電子レンジパン基本の量の半分はナンに使用。
1次発酵した残り半分を3等分して、丸く伸ばし、真ん中にマーマレードを小さじ1杯くらいのせて包みます。
2次発酵して、180℃(予熱あり)で13分。
かわいいマーマレードパンの出来上がり〜w
今日は久しぶりに家にいます(笑)。
お昼何にしようかな〜と思ってるうちにご飯炊くの忘れてた・・・汗。
というわけで、急遽、ナンを焼いてレトルトカレーで昼食w
お気に入りの「新宿中村屋」さんのマイルドチキンカリーです。
以前は手に入れるのがなかなか至難の業だった、中村屋のカリーも最近はどこのスーパーでも置いてるようになって、嬉しい反面なんかつまらない。。。

電子レンジパンの要領でナンを焼いて、はい出来上がり〜♪

お昼何にしようかな〜と思ってるうちにご飯炊くの忘れてた・・・汗。
というわけで、急遽、ナンを焼いてレトルトカレーで昼食w
お気に入りの「新宿中村屋」さんのマイルドチキンカリーです。
以前は手に入れるのがなかなか至難の業だった、中村屋のカリーも最近はどこのスーパーでも置いてるようになって、嬉しい反面なんかつまらない。。。

電子レンジパンの要領でナンを焼いて、はい出来上がり〜♪

私は、中学高校時代、女流歴史作家にはまって手当たり次第に読んでいたことがあります。
そのときに、出会った1冊に杉本苑子さんの『檀林皇后私譜』という本がありました。
檀林(だんりん)皇后とは、嵯峨天皇の皇后だった橘嘉智子(たちばなかちこ)のおくりなです。
回想シーンを含めれば橘奈良麿の乱などから文徳天皇に至るまで、嘉智子の生涯をその当時の歴史事件を踏まえて書かれていて、とても興味深いものです。
余談ですが、これを読むまで、私は「藤原薬子」が男性だと思っていました! ←アホ(汗)
だって、この時代、〜子って名前の男性いっぱいいたし、「藤原薬子の乱」って教科書に出てくるくらいの反乱を起した人ってことで、すっかり男だと思ってたんですぅ。

で本題ですが、この「檀林寺」は、その嘉智子が官寺として創建し、かつては天龍寺一帯を占めた大寺でした。
禅というものを、日本で始めて紹介したのも、当寺だといわれています。
しかし、彼女の死後まもなく廃絶。
現在のお寺はその後再建されたもので、嘉智子をかたどったとされる准胝観音を本尊として、宝形造の本堂と宝物館があります。
宝物館はいりましたが、めっちゃ狭い。
でも、その狭い場所に所狭しと置かれた宝物・・・大丈夫なんか?!
まあ、それはさておき、今ではそんなことよりも、他のことで有名です。
何かといえば・・・

わかりますか?
この画像の白いもの・・・。
そう、たまごです!
庭内の瓢箪池は、天然記念物のモリアオガエルの生息地として有名なんです。
毎年6〜7月にかけては水面近くの木の枝で産卵風景が見られる貴重な場所なんですよw
◆檀林寺◆
京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町2-10
075-871-3924
そのときに、出会った1冊に杉本苑子さんの『檀林皇后私譜』という本がありました。
檀林(だんりん)皇后とは、嵯峨天皇の皇后だった橘嘉智子(たちばなかちこ)のおくりなです。
回想シーンを含めれば橘奈良麿の乱などから文徳天皇に至るまで、嘉智子の生涯をその当時の歴史事件を踏まえて書かれていて、とても興味深いものです。
余談ですが、これを読むまで、私は「藤原薬子」が男性だと思っていました! ←アホ(汗)
だって、この時代、〜子って名前の男性いっぱいいたし、「藤原薬子の乱」って教科書に出てくるくらいの反乱を起した人ってことで、すっかり男だと思ってたんですぅ。

で本題ですが、この「檀林寺」は、その嘉智子が官寺として創建し、かつては天龍寺一帯を占めた大寺でした。
禅というものを、日本で始めて紹介したのも、当寺だといわれています。
しかし、彼女の死後まもなく廃絶。
現在のお寺はその後再建されたもので、嘉智子をかたどったとされる准胝観音を本尊として、宝形造の本堂と宝物館があります。
宝物館はいりましたが、めっちゃ狭い。
でも、その狭い場所に所狭しと置かれた宝物・・・大丈夫なんか?!
まあ、それはさておき、今ではそんなことよりも、他のことで有名です。
何かといえば・・・

わかりますか?
この画像の白いもの・・・。
そう、たまごです!
庭内の瓢箪池は、天然記念物のモリアオガエルの生息地として有名なんです。
毎年6〜7月にかけては水面近くの木の枝で産卵風景が見られる貴重な場所なんですよw
◆檀林寺◆
京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町2-10
075-871-3924
「二尊院」の横の道を小倉山に向って登っていくと、かなり奥まったところに「祇王寺」があります。
今、大河ドラマで義経が放映されていますが、『平家物語』に登場する祇王が尼となり、母と妹とともに移り住んだと伝わる寺院が、ここ「祇王寺」です。

平清盛の寵愛を受けた白拍子祇王をはじめ母の刀自(とじ)、妹の祇女(ぎにょ)、祇王から清盛の寵愛を奪い後に出家して一緒に住むことになる仏御前、そして清盛の木像が安置されており、はるか昔の物語を彷彿とさせる雰囲気が漂う静かなお寺です。
美しい青竹やカエデに覆われ、一面の苔に包まれた庭園と、わら葺の庵が趣深く、お寺というよりは尼御前たちのわび住まいの庵といった感があります。

↑緑の奥に佇む庵では、白い猫ちゃんが身づくろい中w
ちなみに、現在は、真言宗大覚寺派の尼寺らしく、大覚寺とのお得な共通拝観券もありました。
¥200も安くなるので、両方行かれる方は是非ご利用を。。。
◆祇王寺◆
京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町32
075-861-3574
今、大河ドラマで義経が放映されていますが、『平家物語』に登場する祇王が尼となり、母と妹とともに移り住んだと伝わる寺院が、ここ「祇王寺」です。

平清盛の寵愛を受けた白拍子祇王をはじめ母の刀自(とじ)、妹の祇女(ぎにょ)、祇王から清盛の寵愛を奪い後に出家して一緒に住むことになる仏御前、そして清盛の木像が安置されており、はるか昔の物語を彷彿とさせる雰囲気が漂う静かなお寺です。
美しい青竹やカエデに覆われ、一面の苔に包まれた庭園と、わら葺の庵が趣深く、お寺というよりは尼御前たちのわび住まいの庵といった感があります。

↑緑の奥に佇む庵では、白い猫ちゃんが身づくろい中w
ちなみに、現在は、真言宗大覚寺派の尼寺らしく、大覚寺とのお得な共通拝観券もありました。
¥200も安くなるので、両方行かれる方は是非ご利用を。。。
◆祇王寺◆
京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町32
075-861-3574
さあ、どんどん歩きましょう。
次に訪れたのが「二尊院」。
小倉山の裾野に門を構える「二尊院」は、嵯峨天皇の勅願により、承和年間(834〜847)に創建されました。
ご本尊に釈迦如来と阿弥陀如来をまつっていることから、「二尊院」と呼ばれているますが、正式には「小倉山二尊教院華台寺(けだいじ)」。
現在は、天台宗延暦寺派の寺院ですが、開基は慈覚大師、鎌倉時代には浄土宗の祖法然上人が再興し、弟子の湛空上人に引き継がれたという経緯から、法然上人ゆかりの宝物が数多くあります。

↑伏見城の薬医門を移築した総門
総門から延びる参道は広く、紅葉の馬場をすぎて石段を上がると、ようやく寝殿造りの本堂が見えます。
その奥には藤原定家の時雨亭跡といわれる場所もありますが、常寂光寺にも同じように時雨亭跡が・・・苦笑。どこがホンマなんやろねぇ〜?

本堂横の手水では白くなった半化粧の葉が、さながら花のようでしたw
◆二尊院◆
京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27
075-861-0687
次に訪れたのが「二尊院」。
小倉山の裾野に門を構える「二尊院」は、嵯峨天皇の勅願により、承和年間(834〜847)に創建されました。
ご本尊に釈迦如来と阿弥陀如来をまつっていることから、「二尊院」と呼ばれているますが、正式には「小倉山二尊教院華台寺(けだいじ)」。
現在は、天台宗延暦寺派の寺院ですが、開基は慈覚大師、鎌倉時代には浄土宗の祖法然上人が再興し、弟子の湛空上人に引き継がれたという経緯から、法然上人ゆかりの宝物が数多くあります。

↑伏見城の薬医門を移築した総門
総門から延びる参道は広く、紅葉の馬場をすぎて石段を上がると、ようやく寝殿造りの本堂が見えます。
その奥には藤原定家の時雨亭跡といわれる場所もありますが、常寂光寺にも同じように時雨亭跡が・・・苦笑。どこがホンマなんやろねぇ〜?

本堂横の手水では白くなった半化粧の葉が、さながら花のようでしたw
◆二尊院◆
京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27
075-861-0687
さて、先週7日の嵐山散策の続きをご紹介しましょう。
常寂光寺の次に訪れたのは、「落柿舎」です。
藁葺き屋根がひなびた風情の「落柿舎」は、松尾芭蕉の門人で芭蕉十哲のひとりである俳人、向井去来(むかいきょらい)ゆかりの史跡です。
「落柿舎」という変わった名前は、庭に柿の木がたくさんあり、ある商人がその柿の実を買う約束をしたところ、大風のために一夜にしてすべて落ちてしまったという故事によるそうです。
芭蕉もこの庵を訪れ、滞在中に『嵯峨野日記』を書いたと言われています。

玄関横の壁に掛けられていている蓑(みの)と笠は、庵主が在宅のときはかけ、不在のときははずしたといわれる「落柿舎」のシンボルです。
ちなみに、俳句投函箱もあるので、一句ひねってみてはいかが?!
◆落柿舎◆
京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町20
075-881-1953
市バス「嵯峨小学校前」下車徒歩10分くらいらしいですが、散策の一環で歩くことをオススメ
常寂光寺の次に訪れたのは、「落柿舎」です。
藁葺き屋根がひなびた風情の「落柿舎」は、松尾芭蕉の門人で芭蕉十哲のひとりである俳人、向井去来(むかいきょらい)ゆかりの史跡です。
「落柿舎」という変わった名前は、庭に柿の木がたくさんあり、ある商人がその柿の実を買う約束をしたところ、大風のために一夜にしてすべて落ちてしまったという故事によるそうです。
芭蕉もこの庵を訪れ、滞在中に『嵯峨野日記』を書いたと言われています。

玄関横の壁に掛けられていている蓑(みの)と笠は、庵主が在宅のときはかけ、不在のときははずしたといわれる「落柿舎」のシンボルです。
ちなみに、俳句投函箱もあるので、一句ひねってみてはいかが?!
◆落柿舎◆
京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町20
075-881-1953
市バス「嵯峨小学校前」下車徒歩10分くらいらしいですが、散策の一環で歩くことをオススメ
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